カクテルの王様、というと何を思い浮かべるだろうか? 殆どの人は「マティーニ」と答えるだろう。では女王様は?
「意外とご存知ない方が多いですよね」
マスターが笑顔で言う。いくつかの答えがあるかもしれないが、普通は「マンハッタン」に落ち着くだろう。琥珀色の液体のなかに沈む、真っ赤なマラスキーノ・チェリー。夕陽をイメージしたと言われるその美しさと、強くても柔らかい飲み口は、まさに「女王」の称号にふさわしい。王様「マティーニ」の原型であり、また、オレの好きなカクテルの一つである。
「今日は少し変えてみますか?」
と言ってマスターが差し出したのは、見た目はまったく変わらない一杯だった。
「わかった、ロブ・ロイだね」
アメリカで生まれた「マンハッタン」はベースにライ・ウイスキーやバーボンなどアメリカのウイスキーを使うが、それをスコッチ・ウイスキーに変えたものがロブ・ロイであり、またの名を「スコッチ・マンハッタン」という。ちなみに「ロブ・ロイ」とは、映画や小説にもよく出てくるスコットランドの昔の義賊である。「赤毛のロブ」という意味らしいが、このカクテルのイメージにピッタリだ。傍らに置かれている小さな鉢を見つけたオレは、小さな声で呟いた。
「そうか、もうすぐハロウィンか。これからの季節には、こっちの方がいいかもしれないなあ」
比較的暑い土地で生まれたアメリカン・ウイスキーよりも、冷涼な土地で生まれたスコッチを使ったカクテル。その味は、「王様の叔父」にふさわしかった。